2008/11/2 日曜日

父の入院

Filed under: 未分類 — 会員 @ 9:36:17

 

 久しぶりの登場です。

多忙と書く気になれなかったことがご無沙汰の理由です。

 

 実家の82歳になる父が3日前に退院した。

9月末にお腹が張って熱もあったので、かかりつけの病院で診てもらった。

大したことは無いと、薬をもらって自宅で養生していた。

ところが、熱は39度以上になってしまった。

それを一週間やっていて、やっと、義妹が勤めている総合病院へいくと、胆嚢が腫れて、破裂寸前の状態だった。

 

すぐ、入院し、お腹から管を出して、ウミをそこから出している。

 

 胆汁が出る管に胆石がスッポリ入ってしまったようだ。

石を砕く処置をしても、その石が動かないので来月手術することになった。

大きい病院なので、一ヶ月待ちの予約となり自宅で待機となり一時退院した。

 

管からまだウミは出ていて、それは義妹が処置してくれるようだ。

 

 弟が亡くなっているので、父には長生きしてもらいたい。

弟家族の世間からの風当たりを父が生きていることで和らげられるからだ。

 

 それにしても、一週間も39度以上の熱が出ているのに、放っておいた事には少し憤慨した。

 

でも、遠くにいて何の役にも立たない人間が憤慨する資格は無いかとも思う。

 

 

 

2008/10/8 水曜日

SE.プログラム開発者募集

Filed under: 未分類 — 会員 @ 11:03:40

株式会社ナチュラルトランスファーでは、SEを求めております。

年齢は問いません、共同経営を考えている方至急にお会いし、

今後のビジネス関係を構築したく考えますので、お待ち申し上げております。

◇◇◇◇◇  会 社 案 内  ◇◇◇◇◇◇

【ご挨拶】
 当社は、コンピューターのトータルサービス会社として、お客様が気軽にご相談を頂ける[OTSパートナー]を目指し、又勘定奉行でおなじみのOBC公認インストラクター事業認定店
(OCIP)として県内外のお客様にインストラクターを派遣いたしております。
 ソフトウェアの開発にも力を注ぎ、各システムの受註開発ならびに、オフィスアプリケーションソフトの販売を手掛けております。
 今後もお客様のご要望にお応えすべく[お客様第一主義]を掲げ、誠心誠意努力して参る所存でございます。どうぞよろしくお願い申し上げます。

【概 要】                                                                         
商    号  株式会社ナチュラルトランスファー (通称名.NTCコンピュータサービス)

代 表 者  代表取締役    所  尚文

設    立  1984年3月6日(昭和59年)

本    社  千葉市中央区中央1丁目7番1号(ダイアパレスビル.402)

電話番号 043(222)4700

資 本 金   22,200,000円 

コンピュータ導入に関するコンサルタント(社員教育等)

財務・給与・仕入・販売システムの使い方に関する指導 

業務用パッケージソフト販売・ソフトの委託開発

ネットワーク構築・ラン環境設定・オフィス向けインターネット通信販売

主要取引先 NECフィールディング株式会社・ NECパーソナルプロダクツ株式会社・株式会社オービックビジネスコンサルタ

ント ・ ピーシーエー株式会社・コニカミノルタビジネスソリューションズ株式会社

【沿 革】

1984年 3月  千葉市柏台1番において株式会社ナチュラルトランスファー

           資本金 1,600,000円にて設立

             5月  資本金 2,600,000円に増資

1988年11月  千葉市高洲にワープロ・パソコン教室を開校

1989年 8月  コンピュータプログラム開発部を設け、情報サービス事業を開始
          コンピュータ機器の販売を開始 

1990年 1月  千葉市中央4丁目13番31号に本社を移転

1991年 1月  資本金 6,250,000円に増資
        2月  資本金15,000,000円に増資

1995年 1月  エヌティシーコンピュータシステム販売株式会社を合併
               資本金22,200,000円に増資 
     10月 千葉市中央区中央1丁目7番1号に本社を移転

2000年 2月  オフィス・トータルサービス部を設け、オフィスサプライ用品の通信販売を開始

2004年 4月 受託業務・ネットワーク構築を請負う

2008/10/2 木曜日

役員募集

Filed under: 地球クラブからのお知らせ — 会員 @ 20:16:20

地球倶楽部株式会社は、事業拡大の為に下記の通り募集致します。

1.会社役員=若干名 年齢・性別は問いません。

2.株主募集=1株→50,000円〜 増資等に

  お気持ちのある方は、お会いしてご相談致します。

   会社電話番号=043−202−3118

   連絡は午前9時より夜間9時までお待ちします。

   代表取締役 所 尚文

2008/8/13 水曜日

草取りとサッカー少年

Filed under: 徒然日記 — 会員 @ 16:56:55

 ” 庭の草がのびてしまって大変なんだけど……..” と、娘。

 ” 今週、休みだから行ってあげる。 ” と、わたし。

 娘は虫が大嫌いで、こわくて草取りができない。

せっかくの庭も、草が生えないようにシートをはり、すべり台がおかれている。

そのシートがはられていない四方に草が生えていて、50,60cm位になっていた。

 孫たちが水遊びを始めた庭で、一人草取りをはじめた。

暑くて、汗が目に入った。

目が痛くて、こんなことは初めての経験だった。

やっと、取り終わると、二つの大きなごみぶくろが一杯になった。

 花を植えたり、野菜、たとえばトマト、ピーマン、パセリ、ニラ、シソなどは、誰でも失敗なく育てられる。

 私はマンション住まいなので庭がないが、ベランダでミニトマト、ニラ、シソを今育てている。

毎日、植物を見るのは楽しく、おいしく食べられるのも良い。

娘も私の年齢になれば、この楽しさが分かるようになるだろうか。

 話は全く変わるが、娘の家からの帰路で良いことがあった。

娘の家へは自転車で行ったのだが、途中、長いダラダラ坂がある。

二台の自転車がなんとかすれ違えるが、私が上っていくと、小学生のサッカー少年たちが下ってきた。

 私は左に寄って、その少年たちが通り過ぎるのを待っていた。

最初にすれ違った子たちは、そのまま通り過ぎたが、最後から二人目の子が、私に黙礼をした。

そして、最後の子も同じようにした。

 スポーツをしている子は礼儀を教えてもらい、目上の人に対する接し方も自然に身に付くのだろう。

 うれしい出来事だった。

2008/7/31 木曜日

また やってしまった

Filed under: 徒然日記 — 会員 @ 9:57:48

 

 昨日はひどい目にあった。

スーパーに買い物に行きゴーヤが売っていたので、久しぶりにゴーヤチャンプルでも作ろうと思った。

家に卵が2個しかなかったので卵も買った。

 

 レジ袋を断り、持って行った買い物袋に入れた。

ちょうど一袋に入り、卵は一番上に入れた。

ただ、チャックが壊れていたので一瞬もう一つの買い物袋に入れようかと思ったがものままにした。

 

 自転車の前のカゴに買ったものを入れようとすると、大きなサツマイモがジャマをして、うまく入らない。

 

どうにか入れようとすると、卵がポーンと飛び出して落ちてしまった。

地面にキミの黄色が20cm四方に広がった。

 

 でも、そのままにするわけにもいかず、タオルのハンカチで拭き取り、卵のパックを

肉を入れていたビニール袋に入れ、もう一つ持ってきた買い物袋に入れた。

 

 家に帰ってきて驚いた。

バッグに入れた卵パックから汁が出ていて、バッグの中が卵まみれになっていた。

 

そのまま放って置いたら卵が腐り悪臭を放つのは目に見えていた。

いそいで、財布、バッグ、ハンカチなどを洗った。

財布はふくれて、ひどい形になってしまった。

 

 いつも思うのだが、なぜもっと用心して行動しないのかと思ってしまう。

 

 財布は新しいのを買うことにしよう。

 

光 

 

2008/7/27 日曜日

葛飾柴又 帝釈天

Filed under: 徒然日記 — 会員 @ 21:51:36

 

 娘から土曜日のいつもの電話。

” 今日 居る? ”と、娘。  ” 居るよ ” と、私。

” 柴又の帝釈天と寅さん記念館に行かない?” と、娘。

私は一度行きたいと思っていたので即OK.した。

 

 11時に我が家に迎えに来ると言うことで支度をして待っていると、主人より電話があり一緒に行きたいので会社に迎えに来てほしいとのこと。

 

 そういうわけで、大人三人、孫三人で出かけた。

帝釈天は思ったより小さく感じたが映画と同じで感激した。

中に入ると暑い中大道芸をしている若者が居た。

誰も見学者がいなかったがモクモクと続けていた。

一周してふと見ると、大道芸の若者は後ろを向いて座っていた。

8月で5歳になる孫娘が興味をもったので、近づいていくと、私たちに黙礼をした。

それから、これから大道芸を始めますと大きな声で話し始めた。

でも、見学者は私たちと若いカップルだけだった。

傘まわしを始めたので、私は拍手をした。やたらと、拍手をした。

すると、関心を示さなかった見学の人たちが、足を止めて見始めた。

孫はおもしろそうに見ていたが、寅さん記念館に早く行こうと主人が呼ぶので、傘まわしが終わったところでそこを去った。

すると、その大道芸の若者は、私たちに声をかけてくれて、孫にバイバイと言ってくれた。

いつか、テレビにでる芸人になってほしいと思いつつ記念館に向かった。

 

 記念館には、帝釈天の参道や、くるまやの家の中があり、寅さんが上がっていく階段もあった。

それほど広い場所ではないが、十分楽しめた。

 

 帰ろうと駐車場へ向かって歩いていると目の前に、寅さんが歩いていた江戸川の土手が見えた。

映画で見た場所や建物が実際に見られて、楽しい一日だった。 

 

 娘は寅さんファンで、行く道中で、” わくわくする ”と 言っていた。

 

 

 

 

ミンちゃん

Filed under: 徒然日記 — 会員 @ 21:00:20

 

 17年間飼っていた猫が死んだ。

ヒマラヤンのメス猫で名前はミオだが、私はミンちゃんと呼んでいた。

一週間、飲まず食わずで涼しいところを選んでヨロヨロと移動していた。

水をなんとか飲まそうと口の側までもっていくと顔をそむけた。

後で義姉に聞いた話では口の中があれて水を飲むと痛いそうだ。

 

 いよいよ駄目かと思った朝に義姉より電話があり、死ぬと体が弛緩して尿がでてしまうので、タオルを敷いておいた方がいいと言われた。

新聞紙の上にタオルを敷きそこにミンちゃんを置いた。

昼食をとりテレビを見ていると、ガリガリと猫が爪を立てる音がした。

急いで行ってみると、新聞紙がぬれていた。

まだ、息をしていたが、すぐに静かになった。

 

 悲しいと言うより、ミンちゃんがやっと苦しみから解放されたという思いが強かった。

何も食べずにジッとしているミンちゃんを見ていて、なんとか食べさせようと色々してみたが、自分の意志で全く食べなかった。

一週間ミンちゃんを見ていて、生物は死を迎えるとき苦しみに耐えて耐えていかなければならないのだと思った。

 

 ミンちゃんが亡くなって主人が寂しがっている。

毎朝、主人はミンちゃんをブラッシングしていた。

主人が洗面所に行くと後をついて行ってブラッシングさせるのだった。

 だから、洗面所に行くたびに思い出してしまうらしい。

 

 私は外出先から帰ると ” ミンちゃん、ただいま ”と言ってしまう。

 

光 

 

 

 

 

 

 

 

 

2008/6/14 土曜日

自分勝手な女

Filed under: 徒然日記 — 会員 @ 9:16:46

 

 昨夜、眠れずに色々考えていたら、2年前ギターサークルの仲間とお花見に出かけたときの事を思い出した。

 

 そのツアーは格安で(3980円)5カ所をまわり、桃、ボケの花、カタクリの花、さくら、

水芭蕉と盛りだくさんだった。

 

 その様なお花見ツアーだったのでバスは満員で中年のおばさんたちで一杯だった。

 

 乗ったときに、ガイドさんから、ゴミは持ち帰るように言われた。

そして、バスの前方にも、持ち帰るように張り紙がしてあった。

 

 目的地に着くとあわてて見学し、次の場所へ移動するという強行軍だったが、誰も文句を言う人は無かった。

花がみごとだったことと、格安ということが皆の不満を封じ込めたのだろう。

 

 帰路の途中、トイレタイムでサービスエリアに駐まった。

 その時、後ろの席の方から、おばさんの声で、 ” このゴミをガイドさんに渡して捨ててもらってよ ” と、厚かましく言う声が聞こえた。

皆、何も言わずトイレに行くために、出口へ歩を進めていた。

すると、また、 ” 前に渡してよ ” と、子供がワガママをいうように何度も叫んでいた。

 

 すると、ギターの仲間のKさんが、 ” ゴミは持ち帰るように言われてますよ。 ”と言った。

それでも、そのワガママ女は ” ねえ、 渡してよ ” と叫んでいた。

皆あきれていたが、無視をして出口へと向かっていた。

 

 Kさんが、 ” 自分で持っていかはったら。 ”と、関西弁で言うと、その女は黙った。

皆、よく言ってくれたと、心の中で思ったに違いない。

 

 ワガママで自分の事しか考えない人が必ずいるものだ。

 

 

 

 

 

 

2008/6/12 木曜日

写真

Filed under: 徒然日記 — 会員 @ 11:43:16

 

 伯父さんが亡くなり、事情があり、家を売ることになった。

すると、額の裏から叔母の(私の母の姉)写真が3枚見つかった。

 

 伯父は戦争中、満州鉄道に勤めていたので、満州に住んでいた。

叔母はそこで結核にかかり、終戦間際、三人の娘を連れて日本に帰ってきた。

そして、私の実家で亡くなった。

伯父さんは、こまって、男の子を一人連れた人と再婚をした。

伯父さんは、再婚した人に悪いと思い叔母の写真を全て捨ててしまった。

その様に聞いていた。

だから、三人の姉妹は母親の顔を見ることなく大人になった。

末っ子のヤッコは三歳だったので、全く母親の顔を知らなかった。

 

 その見つかった写真をコンピューターで大きくし、きれいに修正した。

初めて見た叔母は、噂に聞いていた通り、女優さんのようにきれいな人だった。

叔母は写真屋でたくさん写真を撮っていたのに、一枚も写真が無いと母はこぼしていた。

その見つかった写真は貴重だった。

叔母の写真は彼岸とお盆に、実家のお仏壇に飾られる。

 

 末っ子のヤッコは高校生になった頃から、一人で私の実家に来るようになった。

そして、結婚すると、旦那さんと子供を連れて泊まったりしていた。

すると、上の二人の姉たちも家族を連れて来るようになった。

今でも年に一回は3家族が私の実家に来て、にぎやかに過ごしている。

 

 ヤッコは母親を知らずに育ったので、私の母に自分の母親を見つけていたのかもしれない。

 

 私の母も、三姉妹の姪たちの家族が来るのを喜んでいる。

 

光 

 

2008/5/10 土曜日

母の日

Filed under: 徒然日記 — 会員 @ 16:56:43

 

 母からビックリしたと電話があった。

今年で80歳になる母に、初めて母の日に花をプレゼントしたからだ。

義母には毎年花を贈ってきたが、自分の母には照れくささもあり送っていなかった。

それと、母には、小遣いをあげたり、必要なものを買ってあげたりしていたので、特別に母の日に贈り物をしなくても良いと思っていた。 

 でも、とても喜んでいて、おじいちゃんとビックリしたと何度も言ったと話していた。

 

 自分の母親を誉めるのは変かもしれないが、母は若い頃美人で、おしゃれな人だった。

そして、やさしい人で、人とあらそったことがない。

子供の私もおこられた事がなく、大事に育てられた。

80歳になるが、若くて、家事も殆どこなしている。

 とてもすばらしい母に思えるが、実はものをしらなすぎて、よく私にきいてくる。

 

 主人と結婚が決まった頃、母がノートに漢字を書いていた。

別に気にもとめなかったが、後年、判った。(多分….)

母は勉強していたのだ。

 何故かというと、主人の母は師範学校をでて学校の先生をしていた。

私の母は自分でも言っているのだが、頭が良くなかったらしい。

私が結婚すると義母と付き合っていかなければならない不安があったのだろう。

母はやさしい人にありがちな気の小さい人間なので。

でも、その勉強はすぐに終わっていた。

そして、離れたところに住んでいる義母と母は会うことはあまり無い。

よくしたもので、ものを知らない母には、物知りの父が側にいる。

 

 母の日のプレゼントをこんなに喜んでくれるのなら、もっと早く送ればよかった。

 

2008/5/8 木曜日

アレッ…..?

Filed under: 徒然日記 — 会員 @ 10:51:48

 

 スーパーなどでの買い物中に、店員さんとすれちがう時、 ” いらっしゃいませ ” と 声をかけてくれる。

 

 昨日、買い物中、私とすれちがった50代の女の店員さんが ” いらっしゃい ”と 声をかけてきた。

アレッ、家にお邪魔した時の様な言い方だと思った。

多分、声をかけなければとあせって、ついいつも言っている ” いらっしゃい ” になってしまったのだろう。

 

それとも、魚屋さんの店員さんだったのかな?

 

光 

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